譜面にluaは必要なのか

別に全人類lua勉強しろ、全譜面にlua付けろ、と言ってるわけではないです。

まあしかし、棒人間しか描けない人間がエロゲのOPみたいなMVを作りたいと思って、その質を上げたいのであれば、それは美少女キャラクター*1を描けるように練習しないといけないわけです。別に登場キャラ全員が棒人間のエロゲでもいいというならそれでいいですが。

エロゲのOPに限らずとも、3Dオブジェクトを大量に使用した映像作品を作りたければ3Dオブジェクトの作り方を学ばなければなりませんし、水墨画を描きたいのであればその描き方を勉強しなければなりません。

では美少女キャラクターが描けない、3Dオブジェクトも作れない、水墨画にも触れていないような人間に質の高い作品が作れないのかと言えばそうではなくて、例えば小小作品なんかは棒人間でほとんどが構成されている極めて質の高い映像作品群です。あるいは上に挙げた3つの分野以外であれば条件を満たします。

もちろん技法によってその評価が上下することはあり得ます。棒立ちの棒人間の絵と棒立ちの美少女キャラクターの絵が並べられた時、少なくとも日本のオタク界隈twitterでは後者の方が評価されることは容易に想像できます*2。ただその理由はなんとなく察せるんじゃないかと思います。

別に自分の描きたいものが棒立ちの棒人間であるのならば、それで良いのです。美少女キャラクターを描く練習をしたり、Blenderに手を出したり、良い墨を買ってくる必要はありません。ただその棒立ちの棒人間が、世間から、あるいは特定の展示会の聴衆から、どのような反応をされるのかについては覚悟と理解が必要ですし、それに異を唱えたいのであれば、棒立ちの棒人間の絵がいかに素晴らしく、芸術的・文化的・学術的な価値を持っているかについてをきちんと説明する義務があります。それができないのであれば、小小作品のように棒人間であっても評価されるまでに質を高めなければならないのです*3

 

ところで別の分野を知るということは見る世界が広がるということです。新しい世界にはじめて見えるようになる発想、思想というのは、残念ながら非常に多いです。生まれてから棒人間しか描かず、また見てこなかった人間は服の破れによる婉曲的状況説明なんかはまず知らないわけですから、たとえ服を描けるようになったとしてもそういった発想に至ることはまずありません。

手札が多いことは良いことです。実在の数学者で「数学には万葉集が必要だ」とか言って万葉集の研究を散々した挙句輝かしい成果を上げた人もいるわけですが、視点の多様性、あるいは思想の取り込み、本人は特に気にしていないとしても間違いなく何らかの影響を与えます。そういう点では、棒人間しか描かないと心に決めているとしても、様々な分野の手法に触れ*4、時間が許すのであれば実際に学んでみるのも、悪くないのではないかと思います。

 

ちなみに、展示会に棒人間の絵を出して「絵の評価が芳しくなかったのは棒人間だったから」って言うのは、聴衆にも、棒人間の絵を描いている人にも、他の分野で活動している人にも、極めて失礼な行為であることは忘れてはならないです。別にluaついていない譜面が棒人間って言ってるわけじゃないですよ。

 

そういえばこの記事は参考になると思います。アメリカってところが鼻につく人もいるかもしれませんが。

note.com

 

*1:特定の八坂神奈子を指すわけではない

*2:美少女キャラクターの絵が致命的に下手糞であれば見向きもされないでしょうが

*3:もちろん、棒立ちの棒人間を公開してはならないというわけではありません

*4:小小作品はカンフー映画の影響を強く受けています